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「彼岸」とは…?
「彼岸」とは、こちら側の岸(現在、私達が生きている世界)に対する、向こう側の岸、つまり極楽浄土を意味します。仏教行事としての「お彼岸」は春分の日(中日(ちゅうにち))をはさんだ前後3日間の計1週間に行われます。

法然上人が浄土宗を開く上で、師と仰いだ中国の善導大師が「中日には太陽が真西に沈むので日没の彼方にある極楽浄土を想い、敬慕の心を持つべきである」と説いているように、太陽の沈む方角に向かって極楽浄土に往生したいと決意を新たにするのが「お彼岸」なのです。

また、この1週間は布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧という
六波羅蜜の行を修め、日常生活を反省する、仏道と信仰の実践週間として意味づけられています。


別時念仏とは…?
私たち浄土宗の教えは、いつでも、どこでも平素よりお念仏を称える事を一番大切な事としています。しかし日常生活の忙しさ、又、自らの弱さで、なかなか思うようにお念仏を称える事が出来ません。

そこで、特別に日時を定めて、当山では真っ暗な本堂で、ローソクの明かりに照らされた阿弥陀さまを拝しながら、心ゆくまでお念仏を称えます。


『施餓鬼会』とは…?
『施餓鬼会』とは餓鬼道に墜ち、逆さにつるされ、苦しんでいる目連尊者(もくれんそんじゃ)(お釈迦様のお弟子)の母親を何とか救い出したいという、目連尊者の孝心からできた行事だと言われています。

帰るべき家を持たないで放浪するあらゆる餓鬼のために、いろいろな飲食を施す仏の大慈悲から出来た法要です。

又、阿難尊者の延命転寿の説話に基づいて、その善根功徳を先亡の追善回向をするのが『施餓鬼会』であります。


『十夜法要』とは…?
『十夜法要』とは、浄土宗の三部経の一つ、『無量寿経』の中に「ここにおいて善を修すること十日十夜すれば他方諸仏の国中において善をなすこと千歳になるにまさる」と説かれています。

わかりやすく言うと、
浄土で善(よ)い行いをするのは当たり前で、この世の中で善(よ)い行い(お念仏を称える)ことは非常に難しく、この世で十日十夜の善い行いをするのには、浄土では千年もかかってしまう。それほど、この世で善い行いをすることは貴重であり、有りがたいことであるという。
このお経に基づいた法会です。

『十夜』という聞き慣れない法要ですが、私たち浄土宗信者にとってはとても貴重な法要です。生活を反省する、仏道と信仰の実践週間として意味づけられています。


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